読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「ロボコップ」を観てヒーローがヒーローになれない現代社会を思う

映画の話

昔のロボコップはもうかなりおぼろげな記憶しかないのですが、スーツが現代風にカッコよくなってるなぁと思いながらレンタルして観ました。

まるで湾岸署の青島君のような熱血警官アレックス・マーフィーはデトロイトのとあるマフィアのことを独断で深追いしすぎた結果、謎の爆発事故に巻き込まれ、体のほとんどを失ってしまいます。ほとんどっていうか頭と心臓と右手だけが残るという、それは「残った」というのか?的な勢いです。 

で、ロボコップとして復活するのですが、物語の核はぼくらの大好きな銃夢とか攻殻機動隊とかのテーマである「人間は何をもって人間と定義するのか」ってとこだなと感じました。ロボコップになっちゃったアレックスが奥さんと子供の待つ家に帰って、奥さんがゴツゴツしたアレックスの胸に頭を寄せるシーンとか泣けます。

人間の頃の記憶があれば人間なのか?でもアレックスの脳には過去の犯罪のデータバンクが移植され、どれが記憶でどれが記録か曖昧です。

感情があれば人間なのか?でもドーパミン数値の変更で感情を外部から抑制されちゃったりします。

心があれば人間なのか?そもそも心ってどこにあるのか?脳?心臓?

右手が生身のまんまっていうのも「ギリギリ人と生身で触れ合える」という上手い演出だなーってグッときます。

ところでアレックスをロボコップとして復活させるためには莫大なコストがかかるわけなんですが、そこには政治のパワーバランスやらロボット産業の思惑やらが絡んできてる。アレックスに改造手術を施すノートン博士も、義手義足などの開発者として登場するので、善意で協力しているような印象だけれども、たまに科学者としての欲求が前面にでてくる場面を見せたりします。いろんな力が加わって、人間だった頃のような熱血警官でいられないアレックスと、そんな彼を「ヒーロー」として祭り上げるマスコミ。

劇中の時代設定は2028年だそうですが、2015年でもきっと「皆に愛されるヒーロー」になれるような逸材は、水面下ではいろんな人にとって不都合な存在であって、知らないうちにヒーローになるための芽を摘まれちゃってるんだろうな、とか想像してしまいます。

てなわけで、作中ひたすら鬱鬱とした気持ちになるのですが、それでもバトルシーンは「さすが!」なかっこよさでしたよ!もっとたくさんバトルシーンが見たかったな!


2014/3/14公開『ロボコップ』予告編 - YouTube