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いまぼくらには「いい加減」なマインドが必要だと思う

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イングレスをやっています。

Ingress

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最近ようやっとレベル9になりました!これが嬉しくって!!

ぼくはイングレスを「ポータルを朝のジョギングの目的地にする」という使い方で遊んでます。ジョギング時以外ではほぼやらないんですね。これ良い感じです。「ジョギングをするぞ!」と思うと早朝起きるのは辛いです。ですが「あのポータルをハックしにいくぞ!」と思って起きるとジョギングできちゃいます。オススメです。もちろん「走りながらスマホ」は危ないから禁止だから良い子はやっちゃダメだぞ!?

 去年の今頃はすでにものすげーイングレスが話題になってましたよね。「もう1年か!?」とか思っちゃいます。この1年、いろんなイングレス関連の記事を見ました。そりゃもう良い記事から悪い記事まで。

良い記事としては、引きこもりが家から出られるようになったとか、地域のコミュニティが復活したとか、人との交流のツールになったことがよく見かけたような気がします。

悪い記事としては、イングレスする時間をもっと他の生産性のあることに費やすべきとか、深夜徘徊の人が増えて治安維持的に心配だとか、そんなのが多かったかな?と思います。

有識者の方があるモノゴトに対して尖った良い・悪いを発信するのは良いことだと思んです。賛否の対比軸をはっきり提示してくれてる方がぼくらはわかりやすいですからね。ですがぼくたち一般人が1つの意見ををそのまま自分にトレースしすぎてないか?と思っちゃうことがあります。

これ結構怖いですよね。

毎日たくさんの情報にさらされるもんだから、自分にとって気持ちイイ〜情報にべったりすがっちゃう感じ。

「自分の意見を持て」とか「日本人は意思表示が苦手」とか「なんかあったら自己責任」とかそんなこと言われすぎちゃってるのも原因なのかなー?

いろんなモノゴトから、ちょっとずつ「イイな」って部分を引用してって自分スタイルを確立する。これをぼくらは「良い加減」と呼んでたんじゃなかったかな?と思います。海外の文化を、身の丈にあった分だけ取り入れて作ってるのがぼくらの国の文化じゃないっすか。だからぼくらは普段熱心にお祈りなんかしてないくせに、キリストの生誕を祝った翌週に神道の神様のとこにお金を投げに行くんですよね。

この「良い加減さ」はぼくらの才能だと思んです。この「良い加減」がいつの間にやらネガティブワードになってることは問題です。今こそ「良い加減」を復権して、みんな「良い加減の仕事量」で「良い加減の給料」もらって「みんな良い感じ」になれたら良いのになー。なんて思います。