今回の衆議院選挙の盛り上がりでも感じた最近よく思うこと

今週のお題「私がブログを書きたくなるとき」

こんにちは、りとです!

ぼくはイラストの新作が描けたときや、面白い本を読んだとき以外に、普段生活してて「あっ!」って思ったことなんかもブログで書いています。

それは「心に留めておきたいなー」ってことだったり「考えていきたいなー」ってことに出会ったときなんですね。

なので、あんまり結論みたいなものもなく、「今はこう感じてます」くらいの感覚で、考えが更新されたり新しいことがわかったりしたらまた近況を書く、といった記事を量産させてもらっています。

いつもお付き合いありがとうございます。

んで、最近ぼんやりと選挙のことをはじめ、ネットやテレビなんかのメディアを眺めてて思うことがあるので、今日はそのこと書きます。

狭く短く加工されたものに触れて、即反応する感じ

下図をご覧ください

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ぼくがブログで描いてる漫画の主人公、エロ勇者パラくんです。

「いつも通りだな!」って思うじゃないですか。

でも、なんだか周りに黒い枠がありますよね?これを取っ払うとどうなってるかっていうと、こんな世界が広がってるかもしれないわけです。

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なんて勇者っぽいセリフなんでしょう!?

この黒い枠は、ブコメの100字やTwitterの140字、ニュースや報道番組の限られた尺の長さと同じだと思うんです。

そしてぼくらは、日々この黒い枠のついた状態の情報が次から次への目の前に流れて来て、枠を取り払うことを忘れて自分の意見を持ってしまったり、反応を返したりしているように思うんです。その反応も、もちろん枠つきになります。

今回の選挙は、特にこの枠が多かったように思います。

投票前の情報も、開票結果についての反応も、反応に対しての反応にも、です。

枠をつけられ、すぐには気づけないところにたくさんの情報があるのに、それらをまるっとスルーしながら、いろんなことが流れているように思いました。

そして、真意のわからない情報は、撫でて感触がわかったらもう忘れます。また同じことを繰り返すかもしれません。やばい気がします。

枠付きでも、情報がないよりはいいかもしれない。

でも、以前だったら、枠付きの情報すら手に入らなかったかもしれません。ぼくは子どもの頃、原発はクリーンで安全なエネルギーだと教わりそう信じていました。

ぼくはたまたまTwitter東日本大震災の前に始めていたので、当時テレビで同じ映像と「ぽぽぽぽーん」が繰り返されてる間、TLでいろんな情報に触れることができました。

なので、枠付きの情報は、悪いものじゃないと思います。

情報がないよりはいいです。

枠付きの情報を手にしたら、その枠を取り払って広げてみて、どんな景色が見えるのかゆっくり感じられるようになりたいです。

そして、その記録がブログに残せたらいいなと書いてます。

そんな「ぼくがブログを書きたくなるとき」のお話でした!

今日もお付き合いありがとうございました。

でわー!