基本、チャリ通勤をしているぼくなのですが、たまにいろんな理由で車で出勤したりします。
この時期の、寒くて忙しない朝の景色を、暖房の効いた、好きな音楽が流れる車内からぼんやり眺めていると、なんかこう、現実世界を一枚隔てた並行世界から眺めているような感じがして「このままどこかにドライブに行きたいなぁ」みたいな気分になってきます。
まー働かないといけないので職場に向かうんですけどね。

はてなブログのPro契約を何年か続けてたんですが、解約してそろそろ1年が経ちます。
最初は気になってたチカチカする広告も、最近はあんまり気にならなくなってきました。
そのおかげなのか、あんなに気になってたLINEの広告も最近はあんまり気にならなくなってきて、昔みたいに「LINE使うのやだなー」みたいな気持ちもなくなってきました。
話が逸れましたが、はてなブログのインディーズに戻ったことの恩恵に、ブログに対して肩の力が抜けたなーってのもあります。
日々思ったことをダラダラと好き勝手に書き綴っています。
それが毎日更新の1番の原動力になってる気がします。っていうか「よーし書こう」なんて意気込む必要もなく、トイレに行くように、「(頭に)溜まったものを出しに行くか」ってな感覚でポチポチとブログを書いております。
今日も粗相にお付き合いくださりありがとうございます。

正月休みにのんびりできたことをきっかけに、年明けからの仕事に関しては疲れないことに全力を注いでいます。
疲れて家に帰ると何もする気にならないじゃないですか。
テキメンに家事が面倒くさくなり、そうすると洗濯物もその辺に置きっぱなしになり、トイレや風呂の掃除もテキトーになり、そしたらなんとなく家の中が荒れて、気分もどんよりします。
もちろん絵を描こうなんて気力も萎んでしまい、そしたら活力も得られないままあとは寝るだけ、みたいになってしまって、翌日の仕事も億劫になり「こりゃいかん!」って感じです。
自分の時間がちゃんとあると、創造性が刺激されて仕事に使えるいいアイデアも浮かんできたりするわけで、生産性を上げるためにもインターバルは大事です。
なので最近は、いかに楽になるかがぼくの最大のテーマです。

修行っていうと、ぼくら世代だと、亀仙人のところで重い甲羅を背負わされたり、精神と時の部屋で極限まで自分を追い込むことをついついイメージしてしまうのですが、仏教とか禅の思想の本を読んでいると、日々のルーティンをコツコツと丁寧にこなしていくことが修行ですって感じですよね。
「丁寧な暮らし」ってSNSで映える物事のことじゃなくて、本来はこっちなんだろうなーとか思ったり、こういう修行なら自分もできるなぁ、と思ったりするのです。
仕事が終わって家に帰ると、多くの時間を家事に費やすわけですが、心の中で「日々修行、日々修行」と唱えると、ぼくもいつか界王拳とか使えるようになるかもしれない!とか思えて、如来像のような表情で目の前のことをコツコツとこなしていくことができます。

先日うっかり「時間がなくて映画館で映画を観るのがものすごく久しぶりになった」みたいなお話を書いたんですが、これだけ書いてるとなんかものすごく働いてるように勘違いされかねないんですが、改めて考えると去年は、美術館やアートのイベントにほぼ毎月、しかも月によっては数回行ってたし、こうやってブログに載せる絵も書いたり、小説も月に1〜2冊ペースで読んでるしで、わりと好きなことを色々やってるわけで、「映画館に行って映画を観る」っていう行為のプライオリティが他に比べて低いってだけの話だよなーと改めて思ったりしました。
欲張りってことだよなーと思うんですが、せっかくの人生ですし、楽しいと思えることをたくさんしたいなと思うし、そう思えるくらいに心が元気なこともありがたいなと思っています。
そして、こないだ行った映画館が楽しかったので、今後は映画館に行って映画を観る時間も増やしたい、という欲リストがぼくのライブラリーに追加されたのでした。

行っただけじゃなくてちゃんと映画を観てきました。
今更なのですが「国宝」です。
サブスクにすぐ映画がやってくる時代だとはいえ、やっぱりあの、スマホやネットから隔離された空間で映画にだけ専念する時間って良いなと思いました。
映画を映画館で観るのっていつぶりだったろう?と思ったら「君たちはどう生きるか」以来でした。
え?そんなに行ってなかった?
時間経つの早くね?
と戦慄しました。
ぼくは元々映画が好きで、このブログも始めた頃は映画の話をポツポツやってたんです。
それがいつの間にか、日々のあれやこれやに追われて、映画を観て帰る、なんていうまとまった時間が取れなくて、気がついたら今日の戦慄に至るって感じでした。
スマホから流れてくる「ちょっと気になる」くらいのものはどんどんスルーしていかないと、「本当に好きなこと」がどんどんお流れになっていくなと思います。
今回の戦慄を胸に刻み、もう少し頻繁に映画館に足を運ぼうと思いました。

年末の何やら楽しい雰囲気が終わり、春の海も聞こえなくなってしまうと、ただただひたすらに「寒いな、ああ、冬か」と今更ながらに思うというのが、成人式の頃のぼくも毎年恒例脳内イベントです。
加えて、以後は「はやく暖かくならないかなぁ」とか思いながら春を待つのもオプションセットなのですが、ここ数年の、喉元すぎても忘れることのできない夏の暑さがすぐに思い出され、ここ数日のブログ記事でも書いてる通り、最近は暖かく着やすい服がたくさん出回ってきていて「冬の方がいいかもしれない。」とか思うようになってきた、そんな昔は冬より夏が好きだった心境の変化に驚きを覚えている最近のぼくです。
寒い夜は、しっかり着込めば暖かくてぐっすり眠れて翌朝スッキリですが、暑い夜にエアコンつけて寝るとなんか翌朝体が怠いんです。
冬の朝は、やはりしっかり着込めばぬくぬくで散歩に出掛けられますが、夏の朝は「え?6時台なのにもう30度!?」とか思いながらヘトヘトで散歩から帰ってくることになります。
そんなこんなで、最近夏はなんかぼんやりしながらやり過ごしてるのに対して、冬は意識を保ち続けられています。
てな具合で、夏の間は体調にモヤがかかり続けているせいで、食欲もあんまり湧かないのですが、冬は美味しいものがたくさんです。
という記事を書いていると、ますます「あ、おれ夏より冬が良くなってしまったかも?」とか思うようになりました。
爽やかで、開放的な気分になれる夏が昔は好きだったんだけどなぁ。
もっと好きだった春も無くなっちゃったしなぁ。

昨年11月頃に、無印でこーいうボアフリースジャケットを買いました。
そしたらこれがとっても暖かくて、この冬はまだコートとか一度も袖を通してないんです。
こんなに暖かくて着心地がいいアウターが物価高騰のこのご時世に5000円くらいで買えるって脅威だなって思いました。
ちょっと前に書いたんですが、仕事着では裏起毛でノーアイロンのストレッチなジャケパンをビシッときて、休日はこーいうのをゆるーく着て、下にはこれまたこないだブログに書いた、ヒートテックのメッチャ暖かいの着て、浮いたお金を集めて欲しいもの買って、物価高騰は相変わらず厳しいですが、一方でこういった企業努力の優しさに支えてもらいながら、楽しく生きていけたらいいなと思います。

出張に行ってきました。
出張の夜のお楽しみは人それぞれかと思いますが、ぼくは静かな部屋で日常の雑事から解き放たれた自分だけの時間で本を読んだりお絵描きをするのが大好きで、なるべくやんわりと、仕事関係の飲みは1次会で抜けるようにしております。
で、部屋に戻ってウキウキしながら持参したiPadで絵を描こうと思ったら、一緒に持ってきたはずのクリップスタジオの左手デバイスのタブメイトがないわけなんです。
「しまった忘れた…!」
とショックを受けつつも、せっかくのヒトリノ夜ですし、一時は買おうかどうしようか迷ってた時期もあったじゃないの!とか思ってお絵描きを始めたわけですが、これが描きにくくて仕方がないんです。
タブメイトってなんて偉大なんだ…と思ってしまいました。
あくまでぼくの感想なのですが、ゲームのコントローラーのように、ガシッと握りしめて物理的なボタンをカチカチ押せるのが押し間違えなくていいんですよね。
キーボードショートカットにも戻れないです。
タブメイトを使って絵を描こうと思ったらクリスタになるわけで、そう考えるとセルシスさんは上手いなーと思います。
というわけでぼくはもう、クリスタとタブメイトなしでは生きていけない体になってしまいました。

正月休みに意識的に時間を作ってiPadでお絵描きしてたんですね。
その甲斐あってか、だいぶ、Macに繋いだワコムの液タブで絵を描いてた頃のような書き味で線が引けるようになってきました。
そしたらお絵描きが面白くて面白くて。
おかげで自由時間がもー熱々のトーストに塗ったマーガリンのように溶けてってます。
ああ、やっとこれくらい描けるようになったかぁって思います。
おそらくiPadで初めて絵を描いてみたのって2020年頃だったと思うんですよ、確か。
それから試行錯誤して、やっと気持ちよく描けるようになったなあ、と思うと感慨深いです。
そういえば、液タブも慣れるまで時間がかかったなぁ。
でも、ペンタブは半年で慣れたんでした。
あの頃は大学生だったので、無限に時間を溶かせたってことなんでしょう。
対して、いま新しいことをしようと思ったら、やっぱりこれくらいかかるってことなのですね。
もっとずっと絵を描いていたいなぁ、と思ったりもするんですが、そうもいかないところが現代社会の厳しいところなので、日々の隙間時間を宝石のように大事に大事にしたいと思います。
